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どうやらスマホは開いたら負けらしい。


スマホと人類の付き合いは思ったより短いものとなりそうです。

思い出してみてください、日韓W杯が開催された15年前。
電子手帳でスケジュール管理して、ファックスやメールを出先でやりとりしてるのは一部のマニアだけでした。

iPhoneが登場した10年前。
BlackBerryが欧米を席巻しWindowsmobileも一般的になり、スマートフォンという言葉か一般的になり始めたころには、会社に戻らないとデータが分からないという事に多くの人が疑問を持ち始めました。

そして5年前。
ガラケーを持っている人の方がむしろ少数派になってくると、iPhone一つで仕事が成り立つことが善とされ、人と話している時もケータイいじりをやめないと行ったマナーが問題になって来ました。

2017年の現在ではどうでしょう。
線路に落ちるまでケータイゲーム、別れ話の席でもケータイチャットと逆に人として恥ずかしい行為の代表として槍玉に挙げられるようになりました。

もはやスマートフォンは人前で使うものでないのかも。


そうなんです、10年前は知性的アイテムだったスマホなんですが、バカの象徴に成り下がりました。
小さな子供が泣いてる横で怖い顔を見せて制してるママが必死にプレイしてるのは、ツムツムだったりします。
電車で身なりのいい管理職風の男性がパズル&ドラゴンに興じてる姿を見ると、この国の将来は絶望しかないなと胸が痛くなります。

このデバイスを使ってる姿を見られて
割と引かれる15年前。
すごいと言われる10年前。
みんな使い始めた5年前。
恥ずかしいだけの現在。
と、考えるとスマホの寿命って5年前に終わってたのかもしれませんね。

ダメ上司やバカ親と同じ行動パターンに陥るのはマトモな大人のすることではないですよね。
そう考えるとこれからの時代は脱情報、脱デジタルかなと。
簡単に言うと人前でケータイ開くことって、もはや恥ずかしいことなんだと思います。
スマホを見てるとアホになるのか、アホだからスマホに依存するのか。
どちらが先なのかはわかりませんが、いずれにせよもはやスマホは知性の象徴でないことは確かなようです。

Apple Watchも3になってスマホがない環境でも動作するようになりました。

そんな恥ずかしいスマホをカバンにしまったままにできそうなのが、スマートウォッチの存在です。
Apple Watch。
少なくとも時計を文字通り手元に置いておくだけでiPhoneに来る通知は把握することができます。
ショートメッセージの返信程度なら時計ですみます。
Suicaの支払いぐらいならスマホすら不要です。
iPhoneをいちいち開く理由が極限までゼロに近づいていきます。

実はApple Watchを手にしてからも、意味なくiPhoneを開く場面はあります。
いや、意外と多いです。
電車で座っている時。
ちょっとした空き時間、待ち時間。
必要ではないとわかっていても思わずiPhoneのロックを解除してしまいます。
その時、自分がいかにデジタルデバイスに支配されているのか思い知ることになります。

視力の維持のためには目の前の雑務を離れ、遠い景色を見るのが健康に良いとされています。
同じようにキーワードを入力すれば全ての答えが出るデバイスから離れ、時には暗算や概算で状況を把握するのが知性の維持に良いとされています。
そして余白時間。
一旦立ち止まる時間を失って俯瞰的な視野を失ってる人が増えてるように感じます。

今年〜来年はデジタルデトックス、デジタルダイエットがキーワードになってますよね
スマホ見てるとアホになる。
僕も痛感してることなので、しばらく肝に命じていきたいと思います。


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